一区切り

調子の悪い時はどうしても避けられません。
寒いからかもしれないし、勤めをしながら踊っていくことに疲れてしまったのかもしれないし
いつまで続けていくのかなとか、此の先どうなるかなとか
したいことだけしかしないと生きてきた人の話しに、心がぐらりとしたこととか
色々考えてしまったこともあります。
一緒に踊ってきた仲間が踊ることに満足してしまったという話しに納得したり。
暖かくなって、仕事で踊っていく時はどうしても、誰かと組まないとできない。
満足してしまった仲間にも声をかけにくい。ちょと八方塞がりだなと思った時に
15年踊ってきて、振り返る時期なのかと気がつきました。


一区切りです。
ほんとにこの踊りが好きか嫌いかわからない状態で流されながら始めたものが15年続いた。
今は大好きだし、私を育ててくれたインドネシアが第二の故郷です。
踊りだけじゃなくて、他のことでも関わっていきたいインドネシアです。
でもそれで満足かというと、そうでもない。
尽きない興味に突き動かされるし
何か作らないといらいらしてしまうし(ビョーキです)
自分で自分を持て余す(笑)


この年になってもこんな悩みを持つとは思いませんでした。
これじゃいつまでたっても落ち着かない。いつまでさ迷っているのかな。
でも、新しい踊り、やってみる?と言われたら
やっぱり覚えたいし、踊ってみたい。


以前、インドネシアで聞いた話しなのですが
芸能集団(あえてそう定義します)は旅回りの要素もあったようです。
一年中稲作可能なジャワは、収穫時に人の手が足りない時に、芸能集団に声をかけ、
昼間は手伝ってもらい、夜は芸能を披露してもらう。あちこちを点々としながら踊っていくこともあったでしょう。
その先々で出会うこと、人々から新しい何かを得て
踊りや音楽といったことに新たな空気を送っていたのではないかなと思います。
自分の文化を守ることと新しいことを受け入れること。
同時にこなしてきたのではないかな。
どこかに私のようなビョーキの人もいて、
わくわくしながら色んなものを見て試して、時にはちょと疲れるけど
旅から旅へ各地を点々としていたのではないかなと。


こういう自分を養っていくにはかなり大変なのですが。
それからこの文章の着地点が見えない(笑)
問題点も解決してないけど、作りかけのみんなの衣装をちくちく縫いながら暖かい、そして暑い夏の準備中です。
今から準備しないと間に合わない。


生活の中に踊ることも、何か作ることも普通に存在している生活。
があっていいと思います。