今日が何の日か。ひょと考える

お勤め先の朝礼で、所感があるのですがその時に
「今日は何の日か…」というお話から始まりましたが
その人にとっての今日は、仕事のお話につながることでした。
私はちょっとほっとしたことと、残念でもありました。
今日は何の日。
今日は真珠湾攻撃の日。日本における大きな戦いの幕開けの日でもありました。
私の両親はまだまだ子供。
敗戦を迎える年、やっと小学校1年生と2年生。
そのうちの小学校一年生は、米軍機に追いかけられ、機銃掃射をうけています。
たまに夢にうなされていましたっけ。操縦席から銃を向ける相手の顔を覚えてるともいいました。


今日は何の日か。
知らない人たちは幸せだと思います。そしてこの幸せがいつまでも続くことを祈ります。
そして知らない人たちのために、戦争があったことをちゃんと教わる環境が
この先もずっと続くことも祈ります。忘れないように。


私はインドネシアで本物の戦士が本物の銃を持って
後ろに戦車を従えて街角に立っていたころを知っています。
戦車は大きくて、威嚇的で、丸腰の私は太刀打ちでいるものではないことを
十分に思い知らされました。
一度だけ、本物の銃が発射される音を聞いたことがあります。
乾いた音でした。
今でもこの音に近いものが多数聞かれ、戦車が走り回り、戦闘機が飛びまわる世界が
あることも知っています。それが自分の世界から遠く離れているおかげで
私は素知らぬ顔をして、日常生活を送ることができます。


今日が何の日か。何が起こり始めたのか、何が現れたのか。
ゆっくり考える日です。
私とインドネシアとのつながりのなかにも、今日の出来事がかかわっています。