感傷的報告

秘密基地が襲われています。
ショベルカーにブルドーザー、チェーンソーが若葉輝く地面を掘り返し、中継基地の木を切り倒し、秘密基地まであと一歩に迫っています。入り口には一本の桜。淡い紅をたたえた白い花に敬意を持ったのか、桜の先にはまだ蛮勇は立ち入っていませんが、時間の問題と思われます。
もう一雨、二雨降ったら桜は散るでしょう。そのあと、私達の秘密基地は暴かれ姿を消していくでしょう。元秘密基地工作員と、卒業したばかりの工作員はなすすべもなく見守るばかりです。


柵が張られ『マンション予定地』とかかれた看板に、私達はどうすることもできませんでした。開発の続いてきたこの地でまとまった広さの空き地が残っていたことの方が珍しいことだったのです。傾斜した空き地はダンボールスキー場に、土筆や野蒜を摘む春の農園になり、空き地から続く林は子供達にとって『山』で、夏はカブトムシやクワガタの狩り場でした。少し奥に行けば桑やあけびがあり、収穫の喜びを楽しみました。
甥っ子にとっての秘密基地は空を眺めたり、友達と隠れ家として待ち合わせをしたり交流の場所でありました。
もうそれぞれに秘密基地を卒業し、社会の仕組みを理解しているのです。不法侵入していたのは我々であり、侵入のみならず不法占拠をしていたのに、追い出されもせず楽しい記憶に思いをはせていられたのは、むしろ幸せだったってこと。
変わりゆくのは世の流れ。いずれここに住む新しい家族は家族の歴史を刻んで思い出を語るようになるでしょう。
この町はそういう町なのだから。山を刻み野を開いてきた開拓の地。私もまた同じように切り開かれた地にやってきたよそ者でした。

さよならと。
いらっしゃい。